Book of the Month (2022/1)

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読書

1月の課題図書は、2021年4月の発売以来Barnes&Noble書店で常に上位をキープしている、Michelle ZaunerのCrying in H Martです。これまで記事に挙げてきた3作品はいずれもフィクション小説でしたが、今回はエッセイ集です。The New Yorkerに2018年に掲載されたエッセイを基にしており(日本語版はこちら)、書籍化するにあたってエピソードが拡充されました。

Michelle Zauner著 Crying in H Mart (2021)

感想:★★★★☆

作者のMichelle Zaunerは、ソウル出身で1989年3月生まれ(32歳)のミュージシャンです。本の題名にあるH Martは、北米で展開している韓国系スーパーチェーンのことで、アメリカ生活をしているアジア人ならほぼ全員が知っている店舗です。(コロンビア大学そばのH Martはとっても便利!) 作者にとってH Martは、亡くなってしまった韓国人の母と自分をつなぐ重要な場所であり、自分がこれまでに母や親戚と一緒に食べてきた韓国料理を思い起こしてしまう場所なのだそうです。

エッセイは、作者が慣れ親しんできた韓国食材・商品の回想に始まり、次第に作者の母がどのような人物であったか、作者との親子関係がどのように変化していったかが詳しく描写されるようになります。作中で何度も書かれる母の性格をまとめると、

  • 常に家を完璧に保たなければ気が済まない (家具や調度品、清潔感)
  • 服や自分自身の手入れに余念がない (服は常に新品かと思うほどきれいに保たれ、毛玉一つない。鏡台にはスキンケア用品が所狭しと並べられ、シワを増やさないように気を配っている)
  • 娘が怪我をすると、心配するより先に叱る (「なぜもっと気をつけないの!」と叫ぶ)

「私の母はMommy-momではない」と述べられている通り、子どもを見守って優しい声をかけたり、自由を尊重したりするタイプではなかったそうです。作者の幼少期は、厳しい母に気に入られることばかり考えて、母の留守中に置物をきれいにしようと、洗剤で洗ったことさえあるそうです。

一方で、食に関してのみ、母の態度は違いました。

  • 一度一緒に食事をしたら、相手の好みを必ず覚えてくれる
  • どんな食べ物でも一度は試して、好みに合わないと感じたら無理に食べなくていいと言ってくれる
  • マナーにはそこまで厳しくなく、自分なりの食べ方を見つけるよう促してくれる

食事中だけはおおらかさを見せる母…良いんだろうか悪いんだろうか。作者は子どもの頃から様々な料理を食べてきたおかげで、同級生よりずっと舌が肥えていたそうです。カニなどの甲殻類も上手に食べる技能が身についていたとか。

エッセイの後半以降は、母の闘病生活が語られ、家族・親戚の力を結集して介護にあたった日々が記録されています。病気が発覚する前は「家のルール」そのものだった母が、一気に衰弱する様子を見るのは本当につらかったことだろうと想像します。父と娘だけではどうにも立ちいかなくなったときに現れる親戚の頼もしいこと頼もしいこと。8章で登場するKye伯母さんの存在に思わず拝みたくなったのですが、しっかりしすぎているあまり、作者が「自分の出る幕がない…」と気を落としてしまうのが何とも言えない気分でした。作者は肉体的にも精神的にも疲弊して、実際にものすごく痩せてしまったそうで、気の毒でなりませんでした。

母が亡くなった後、父と介護疲れを労う旅行に出かけたものの大喧嘩になったり、新しく始めた仕事で体が壊れそうになるほど働いたり…がむしゃらに生きる作者の様子を読むたび、胸が痛みました。自分を回復させるためセラピーにも通ったものの、ある時「こんなに毎週セラピーにお金を払うくらいなら、そのお金で高級なランチを食べたほうが心身共に健康になれるのでは?」と悟り、YouTubeで紹介されている韓国料理を、慣れないながらも見よう見まねで作り始めたときには感動しました。初心者なのに、大量のキムチを漬けてみる。何時間もかけてキムチを作りながら、「食品は放っておくと腐るけれど、発酵させることで別の食べ物に生まれ変わる」という事実を、打ちひしがれている自分自身の状況に当てはめて、「自分もこのままだと腐ってしまうけれど、今からでもなんとかして違う自分になることができるのでは?」と考え至るところが素晴らしかったです。母を喪った悲しみから立ち直るために必要だったのは、母が唯一(?)おおらかに教えてくれた懐かしい韓国料理を自分で作り出すことだった、という流れが最終パートで見事に完成されていて、とっても心に響きました。

辛い記憶や出来事が多かっただけに、作者の結婚相手のPeterさんが優しそうな方でとにかく良かったな…とおばのような気持ちで読み終えました。※前回の課題図書でも主人公のひとりのおば気分に浸っていて、毎月誰かのおば(自称)をやっていることが分かりました…来月もなるかな?

2月もエッセイを読む予定です。楽しみ。